「キル・ザ・キング」 レインボー 1977年

2007-06-30

Tag : レインボー

ライブっていうのはアルバムとはまた違った楽しみがあって、目の前で憧れのミュージシャンを観る事ができる興奮もあり、特にロックのライブは鼓膜を叩きつける大音量にも興奮し、何よりも同じロック好きが大勢集まってることに興奮するんです。 学生の時に観たリッチー・ブラックモア率いるレインボーのコンサートは、血圧上がるくらいの大興奮ものでした。

オープニングの映画「オズの魔法使い」の中のセリフ「We must be over the rainbow~」に続いて「キル・ザ・キング」の激しいイントロが始まると、そりゃあもう大変。 会場は一気に盛り上がって大騒ぎです。 来日時のメンバーはボーカルにロニー・ジェイムズ・ディオ、ドラムスにコージー・パウエルという最強のラインアップで、スーパー・ハイテンションな古典的ロックの名曲、「キル・ザ・キング」では素晴らしいパフォーマンスを見せてくれました。

冷静なんだか燃えてるんだか分からない大御所リッチーのギターはもちろん、ロニーの少しハスキーだけどキーの高いボーカル、それに何と言ってもコンサートの後半、コージー・パウエルのドラム・ソロがかっこよかった。 ドラムセットごとグィ~ンと10メートルほど持ち上がって、また元の位置に戻ったところでスティックを2本とも真上に5~6メートルだったか放り投げ、見事にキャッチしてソロを締めくくった時には大拍手でした。 残念ながらそのコージーも既に亡くなってしまいましたが、いまだに青春の1ページに彼らの熱いプレイは焼きついてます。 ああ、何にも考えんと楽しめる瞬間がまた欲しいなあと心から思える今日この頃。


オン・ステージ レインボウオン・ステージ レインボウ
このジャケットはもう少し何とかならんかと思いますが、ライブは凄かった。 「オーバー・ザ・レインボウ」から「キル・ザ・キング」へとなだれ込んでいくオープニングで既にテンション最高潮でした。

「ユー・リアリー・ガット・ミー」 ヴァン・ヘイレン 1978年 

2007-06-26

60年代の終わりには左利きの黒人ギタリストが登場して、衝撃的なプレイでプロのミュージシャン達の度肝を抜きましたが、ハードロックの黄金時代に翳りの見えてきた70年代の終わりにはニコニコしながらオモチャのようにギターを弾き倒す天才ギタリストが現れて、もっと凄いプレイが見たいと飢えていたロック・ファンを狂喜させてくれました。

笑顔の天才エドワード・ヴァン・ヘイレンは、けっして眉間にしわを寄せてチョーキングをしたりはしません。 見たことがないだけで、本当はそんな事もあったのかもしれませんが。 有名なライトハンド奏法は彼が初めてではなかったらしいんですが、最初にレコードで彼のプレイを聴いたときは、「おお、こういう奴を待っていた!」と友人と一緒に大喜びしたものです。

野獣みたいなリズム隊に、ステージはこいつに任せときゃ大丈夫という強烈なフロントマン、デイヴ・リー・ロスがいたおかげで、エディも気楽にプレイを楽しんでたんじゃないでしょうか。 最初のヒット曲「ユー・リアリー・ガット・ミー」のかっこいいギターのイントロに、やっぱりロックはこうじゃなきゃイカン、と手を叩いたのは僕だけではないと思います。 最近某社ケータイのCMで流れている「ジャンプ」のキーボードのイントロもエディのプレイですが、イントロ一発でファンを熱狂させてくれるのがロックの名曲のいいところです。 しかしあの曲も、もうリリースから20年以上たつんだなあ。


炎の導火線 ヴァン・ヘイレン炎の導火線 ヴァン・ヘイレン
ニッコリ笑って人を斬る、じゃなくてギターを弾くエディ・ヴァン・ヘイレンの登場は衝撃的でした。 デイヴ・リー・ロスの強烈なキャラクターとのコンビで、まさに爆撃機並み。

「シューティング・スター」 バッド・カンパニー 1975年

2007-06-23

先日「やべっちFC」という番組で「画期的」を「ガッキテキ」と読んだ女子アナの前田さんには驚きました。 そんな事はともかく、ポール・ロジャースがクィーンと一緒にツアーをやったのにも驚いた。 元々彼はプロのミュージシャンの間でも評価の高いボーカリストなんですが、どう考えてもあのバンドにあの声は合わないだろうというのがフツーのロック・ファンの意見です。 まあ、ビッグ・ネーム同士感じるものがあったんでしょうねえ。

ずっしり重たいサウンドと渋いボーカルで人気のあったフリー解散後、ポール・ロジャースが新たに結成したバッド・カンパニーはいきなり「キャント・ゲット・イナフ」をヒットさせますが、今でも僕のお気に入りは名曲がズラリと並んだセカンドアルバム「ストレート・シューター」です。 中でもじんわり心に染みる「シューティング・スター」は、このアルバムを薦めてくれた友人が言ってたとおりの名曲でした。

アコースティック・ギターのイントロから語りかけるように始まるポールのボーカルが、ディストーションの効いたミック・ラルフスのギターがかっこいい後半にかけて静かに盛り上がって行きます。 抑え気味に歌っているように聴こえるのは、亡くなってしまった友人との思い出を歌っているからでしょうか。 歌の中の主人公ジョニーはフリー時代の盟友ポール・コゾフの事らしいんですが、まだ若いのに流星のようにぱっと輝いて消えてしまうなんて、なんか切ないなあ。


ストレート・シューター バッド・カンパニーストレート・シューター バッド・カンパニー
シンプルでかっこいいジャケットが目に飛び込んでくるファーストもいいんだけど、断然こっちの方が好きです。 名曲揃いの名盤で、特に「シューティング・スター」には泣けてくる。

「灼熱の大彗星」 モントローズ 1974年

2007-06-20

「I Got the Fire」に「灼熱の大彗星」という日本語のタイトルをつけたノリと英断にまず拍手を送りたい。 モントローズはリーダーのギタリスト、ロニー・モントローズの名前からそのまんまとったバンド名ですが、「モントローズ」っていう名前がまたかっこいいじゃないですか。 これだけでも立派にバンドを応援する理由になるんです。

世の中ウンザリするような事が非常に多いので、単純で豪快なアメリカン・ロックをこのところ続けて紹介してきたんですが、モントローズはちょっとイギリスの香りもするかっこいいバンドでした。 後にヴァン・ヘイレンの2代目ボーカリストになるサミー・ヘイガーの、独特のしわがれたボーカルが炸裂する「灼熱の大彗星」は、盛り上げ方を心得たハードロック好きの心を鷲づかみにする名曲でした。 何となく、ん、ディープ・パープルか?と思いたくなるギターのフレーズがまたかっこよくて、やっぱりロックの華はギターとボーカルだと納得させてくれます。

その後発表した「ジャンプ・オン・イット」の刺激的なジャケットが今でも印象に残っていますが、コアなファンにはファースト・アルバムとこの曲が収録された2枚目のアルバムがおすすめしたくなる名盤かもしれません。 商業的には今ひとつ成功したとは言い難いモントローズですが、ああ、そう言えばいたいた!と昔話に花を咲かせてるときに出てきそうなバンドですね。


ペイパー・マネー モントローズペイパー・マネー モントローズ
知る人ぞ知る凄腕ギタリスト、ロニー・モントローズ率いるモントローズの隠れた名盤。 「灼熱の大彗星」を聴いて素直に盛り上がろう。

「アメリカン・バンド」 グランド・ファンク 1973年

2007-06-17

タイトルからしてシンプルでストレートな「アメリカン・バンド」は、ライブで当時圧倒的な人気を誇っていたグランド・ファンク・レイルロードの傑作です。 この曲を発表当時はグランド・ファンクと名乗っていまいたが、やっぱり僕たちロックファンにはGFR,グランド・ファンク・レイルロードというバンド名のほうがしっくりきますね。

カウベルが印象的なドラムのイントロに続いて、荒削りだけど豪快なギターが鳴り出すとロック好きの血が騒ぎ出し、エコーの効いたこれも豪快なボーカルが始まると、無条件に体がリズムを刻みだす、これこそがロックの醍醐味と言ってもいいんじゃないでしょうか。 なるほどライブならもっとノってくるんだろうなと思えますが、残念ながら本物は見たことがありません。

プロモーション・ビデオでは上半身裸でバイクを無邪気に乗り回すメンバーの映像が出てきますが、何かというとすぐ裸になりたがるところがまた可愛らしいというか、拍手をしたくなってきます。 ヘタとは言いませんがテクニックなんか二の次、体ごと叩きつけるロックの楽しさを、理屈ぬきで思う存分味わえたのが70年代アメリカン・ロックの雄、グランド・ファンク・レイルロードでした。


アメリカン・バンド グランド・ファンクアメリカン・バンド グランド・ファンク
肉体派ロックバンド、GFR(いっときグランド・ファンク)の大ヒットナンバー「アメリカン・バンド」収録。 オーバー100マイルの直球です。

「スイート・ホーム・アラバマ」 レーナード・スキナード 1974年

2007-06-14

荒削りで豪快で、スキッと爽やか気分が乗ってくるサザン・ロックの名曲がレーナード・スキナードの「スイート・ホーム・アラバマ」です。 自然に心と体が動き出す曲っていうのはそんなにあるものじゃないと思うんですが、彼らの最大のヒット曲には単純明快でストレートに訴えかけてくるものがあるんです。

サザン・ロックなんて言葉はAORと同じく最近は聞くこともなくなってしまいましたが、若くして亡くなったスライド・ギターの名手デュアン・オールマンと、ディッキー・ベッツのゴールドのレスポールが懐かしいオールマン・ブラザース・バンドに代表されるアメリカ人好みのジャンルでした。 広いアメリカ、ニューヨークのような洗練された大都会もあれば、よくわからないけど南部訛りで大騒ぎしながら昼間っからバーボン飲んでるような人が大勢いそうな田舎もありと、土地柄も色々あるんでしょう。 まあ、日本だってそうだけど。 でもやっぱり、基本的にアメリカ人というのは単純でストレートなものを好むんじゃないだろか。

これも最近では聞かなくなってしまったブラス・ロックの雄、チェイスと同じく、レーナード・スキナードもさあ、これからという時に飛行機事故でメンバーを大勢亡くしてしまい、ロニー・ヴァン・ザントも生きてりゃあ名演の数々を聴かせてくれただろうに、非常に残念なことでした。 残されたメンバー達も、体と心に大きな傷を負って大変だったろうなあ。 だけど、記憶に残る名曲やアルバムを残してスパッとあの世に行ってしまったというのは、なんだかちょっと羨ましいような気がしてしまいます。 これも年のせいか?


セカンド・ヘルピング レーナード・スキナードセカンド・ヘルピング レーナード・スキナード
ちょっと泥臭いけどすっきり爽快、気分の良くなるサザンロックの傑作。 メンバーの悲劇的な死を越えて今でも輝き続けてます。

「大都会」 クリスタルキング 1979年

2007-06-10

今回もポプコン繋がりで「大都会」。 なんでこんな名前にしたの?と思いたくなるちょっと照れくさいバンド名と、超ハイトーン・ボイスのちっちゃい人と宇崎竜堂みたいなドスの効いたガラの悪そうな人とのツイン・ボーカル、なかなかインパクトがありました。 頭にサビを持ってくるというパターンはチューリップの「心の旅」や「夏色の思い出」と同じで、発売するなり思いっきりスマッシュ・ヒットを飛ばします。 残念ながらその後はチューリップみたいに名曲の数々をリリースし続けるということはありませんでしたが、70年代の終わりに大きな花火を打ち上げてくれました。

メインボーカルの田中さんという人にはもう20年ほど昔、前の仕事で何度かお目にかかったことがありまして、失礼ながらテレビで見るよりさらに小柄で細い方でびっくりしました。 おまけにあのヘアースタイルはそのまんま、しかも紫のラメが振ってあるのには参りました。 あの体からよくあんな声が出るもんだなあと感心しましたが、ある雑誌で読んだところツェッペリンのロバート・プラントが大好きなんだそうで、持って生まれた才能としか言いようのないハイトーン・ボイスがあれば外国のロックに憧れるのも当然だと思います。

なんせそれまであんな高い声を出す日本人のボーカリストというのは、あまり記憶にありませんでしたからね。 僕が田中さんにお会いしたのは福岡でしたが、もともと彼らはあの吉崎さんという方がバンドを結成して佐世保の米軍基地なんかで活動をしてたそうです。 沖縄の「紫」や横須賀の「ゴールデンカップス」同様、はっきり反応する米兵相手に揉まれてるうちに実力もついてきたんでしょうね。 いや、実力あるから米軍キャンプで演奏してたのか? その後「北斗の拳」のアニメソングも歌ってたとは知りませんでしたが、一瞬だけでも輝きを見せたというのはミュージシャンにとって誇りなんじゃないでしょうか。


ベストコレクション クリスタル・キングベストコレクション クリスタル・キング
日本人離れした超ハイトーン・ボイスの田中さんと、宇崎竜堂と双子か?と思った吉崎さんのツイン・ボーカルが新鮮だった「大都会」、70年代の最後に一瞬の輝きを放ちました。 一度でいいからあんな高い声出してみたい。

「あんたのバラード」 世良公則&ツイスト 1977年

2007-06-06

ロッカーというと世界のヤザワみたいにインパクトのある人が多いんですが、「あんたのバラード」でデビューした世良公則は、歌い方もアクションも男っぽい外見もインパクトがありました。 この歌は前回の中沢京子さんも出場したヤマハのポプコンで見事グランプリを勝ち取った名曲ですが、歌謡曲でもなければ演歌でもない、欧米のマネでもないこれぞ新しい日本のロックなんじゃないの?と思わせてくれました。

ポプコンといえばフォークソングやポップス系の歌が多かったんですが、その中にあってこの曲は一際異彩を放っていました。 まさに世良が歌うからサマになるのであって、他の誰であっても成り立たない曲なんだと思います。 彼は見た目からも想像つきますがなかなか硬派な人で、歌番組に出ちゃあ揉めるという事を繰り返してたんだそうです。 自分の納得のいかないことには首をタテに振らなかったんでしょうね。

その後テレビや映画でも活躍するんですが、年をとると丸くなったり何かを諦めたりする人が多い中で、この人にはいつまでも硬派なミュージシャンでいてほしいなと思います。 もうかなり前のことですが、サッカーの日本代表の試合で国歌斉唱に先立って彼の名前がコールされると、会場がどよめいてました。 若い人達が大多数を占めてたと思うんですが、今でも人気あるんだなあ、と感心したのを覚えています。 自分には無理ですが、ちょっと硬派な男には憧れますね。


照~ツイスト・ソングス 世良公則照~ツイスト・ソングス 世良公則
「男っぽい」という形容がふさわしい。 「あんたのバラード」は歌い方もアクションも独特で、新しい日本のロックだなと思いました。 この人はギターにも造詣が深いんだそうです。

「待ちわびて」 中沢京子 1975年

2007-06-03

Tag : 中沢京子

確か高校3年のときに前夜ラジオで流れていて気に入った曲のことをクラスの女の子に話したら、「あの曲いいよね~」としみじみ同意してくれてシャイな僕は内心すごく嬉しかったんですが、肝心の曲のタイトルや歌手の名前は忘れたまま長い年月が過ぎてしまいました。 このブログを書き始めてからも時々気になっていたんですが、アマゾンであれこれ調べてたらついに出てきました。

ポプコンで世に出たチャゲ&飛鳥は何回か前に書きましたが、同じポプコンに出場してた人だったんです。 曲名は「待ちわびて」、歌い手は中沢京子という人で、ああ、そうだったのかとこっそり感動してしまいました。 LPはどうも出さなかったようですがダウンロードサイトで30数年ぶりにこの歌を聴いて、一気に当時の思い出が蘇ってきましたね。

静かなイントロに続いて「こわれた心の扉が・・・」と始まるこの歌、深夜ラジオに耳を傾けていた受験生の心にず~んと染みてきたんでしょうね。 綺麗に澄んでちょっと切なく、ちょっと甘えたような中沢さんの声がまたいいんです。 数々のスターを生み出したポプコンですが、大ブレイクすることなくひっそりと消えていった歌の中に自分の感動した思い出の名曲があるっていうのも、またオツなもんですなあ。


ライブ!! ポプコン・ヒストリー Ⅱライブ!! ポプコン・ヒストリー Ⅱ
個人的まぼろしの名曲、中沢京子の「待ちわびて」・・・この中に入ってました。 高校生の頃を思い出して泣けてきます。 ヤマハのポプコンが残してくれた宝物ですね。

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プロフィール

Author:music70s
1957年生まれ。
福岡県在住です。

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