「さよなら」 オフコース 1979年

2007-12-28

今年も「クリスマスの約束2007」で自分の好きな曲をゲストと一緒に歌った小田和正、まったく衰えない透明な美しい歌声で素晴らしい。 サザンの桑田佳祐もそうですが、70年代から活躍してきたミュージシャンが相変わらず元気なのはファンとしても嬉しい限りです。 オフコースはもう解散してしまいましたがサザンオールスターズは来年でもう30周年!

ソロになってからますます人気が出た小田は「昔はさんざん女々しいとか言われて・・・」と嘆いてましたが、確かに「眠れぬ夜」なんかの歌詞を見ると納得がいきます。 おまけに女性のようなハイトーン・ボイスで歌うからなおさらそんなイメージが強かったのでしょう。 しかし美しいメロディーとボーカルでそんな雑音などものともせず音楽界で不動の地位を築き上げました。

冬になると聴きたくなる「さよなら」は悲しげなメロディーに小田のボーカルとピアノ、エレキギターが絶妙にブレンドされた名曲で、70年代オフコース最大のヒットナンバーです。 この曲をライブで聴いて泣いている女性の映像をテレビで見ましたが、男でも何かあったときにこの曲を聴いたら泣いてしまうかもしれない。 ミュージシャンとして自分の曲で泣いてくれる人がいたら幸せなことだろうなと思いますね。


SELECTION1978-81 オフコース SELECTION1978-81 オフコース
シングルで大ヒットしたオフコース最盛期の名曲「さよなら」が収録されたベストアルバム。 エレクトリック・オフコースが堪能できます。

「70年代思い出の名曲」でおすすめしたアルバム Vol.3

「アキレス最後の戦い」 レッド・ツェッペリン 1976年

2007-12-24

12月10日にロンドンO2アリーナで行われたレッド・ツェッペリン一夜限りの再結成コンサートからもう2週間、いまだ興奮冷めやらない中またライブをやるんじゃないかという噂もあるとか。 ドラムスのジョン・ボーナムを失いメンバーも年を重ねた今、往年のパフォーマンスを求めるのは無理だろうと思いつつもやっぱり見たかった。 インターネット上ではYouTubeにさっそくライブの模様がアップされてましたが、やはり世紀のイベントと言うに相応しい盛り上がり方です。

今回の再結成コンサートでは演奏されなかったようですが、「アキレス最後の戦い」これをやってほしかった。 ボンゾの代わりにドラムを叩いた息子のジェイソンの力量を見るには最適の曲だと思うんですが。 珍しくベキベキ鳴るジョン・ポール・ジョーンズのベースと共にリズム隊が前面に出た名曲で、この曲を楽しみに見に行ったファンも多かったんじゃないでしょうか。

ところで映画「狂熱のライブ」もそうでしたが、ウマイヘタ以前の問題で動いているツェッペリンを見ることができるという体験がエキサイティングなわけで、ロバート・プラントが全盛期のような高い声が出せなくても、ジミー・ペイジの指が動かなくても、ふたりとも太ってしまっても、そんなことは関係ないのです。 「うわー、ツェッペリンだ!」これでいいのだ!いや、いいんです。

あのポリスも再結成したし日本では甲斐バンドが再結成、嬉しい流行ですがもちろん彼らのあとにいいバンドが出てこなかったわけではありませんね。 時代を席巻した大物達が期限付きであれ復活することであの時代の雰囲気や思い出も一緒に蘇るのがオールド・ファンにとっては嬉しいし、当時の彼らを知らない若い世代にも新しい経験ができるのはいいことだと思います。 それにしても俺は見に行けなかったのになんで沢尻エリカが、と思ったオヤジはたくさんいただろうなあ。


プレゼンス レッド・ツェッペリンプレゼンス レッド・ツェッペリン
後期レッド・ツェッペリンの最高傑作とも言われてます。 「アキレス最後の戦い」のヘヴィーなリズムに痺れる。 12月10日の再結成コンサート成功おめでとう。

「70年代思い出の名曲」でおすすめしたアルバム Vol.3

「五番街のマリーへ」 ペドロ&カプリシャス 1974年 

2007-12-20

さすがに「ペドロ&カプリシャス」というグループ名を聞くとああ、昭和だなあと思えてきますが現在も活動は続けているのだそうです。 昔は「東京ロマンチカ」とか「マヒナスターズ」とかおしゃれなネーミングが多かった。 歌手のバックで演奏するバンドにも「ダン池田とニューブリード」とかいてね。

ペドロ&カプリシャスは高橋真梨子が在籍していた頃が最盛期で、阿久悠・都倉俊一の黄金コンビの名曲「五番街のマリーへ」「ジョニィへの伝言」を立て続けにヒットさせました。 どちらの曲もラテンなグループ名から受けるイメージとは違うし、湿った感じの歌謡曲でもないし、かと言って悲しい恋の歌でもありません。 歌詞を見るとどちらも愛した人への想いがこもっていて、そこをウェットになりすぎることなく仕上げたのが作詞・作曲のプロの腕だと思います。

抜群の歌唱力を誇る高橋真梨子さんは一度ご主人と買い物をしているところを拝見したことがありますが、ご主人に甘える普通の小柄なおばちゃんという感じでした。 普通の小柄なおばちゃんはご主人に甘えたりしないのかもしれないけど、スターらしからぬ庶民的な雰囲気が印象に残っています。 ソロになってからも「桃色吐息」がヒットしましたがもうかなり前の事なので、このへんでもう一曲ヒットを飛ばしてもらいたいものです。


ヒット・コレクション ペドロ&カプリシャスヒット・コレクション ペドロ&カプリシャス
「ジョニィへの伝言」「五番街のマリーへ」と、高橋真梨子在籍時のペドロ&カプリシャスが最も輝いていました。 この2曲は亡くなった作詞家阿久悠の代表作でもあります。

「70年代思い出の名曲」でおすすめしたアルバム Vol.3

「マインド・ゲームス」 ジョン・レノン 1973年

2007-12-16

早いものでジョン・レノンが射殺されるという衝撃的なニュースからもう27年です。 その日社会人1年生だった僕は、仕事帰りに行きつけの喫茶店で食事をしていたらBGMにビートルズばかり流れていたのを覚えていますが、どうやらマスターが追悼特集のつもりで選曲していたようです。 数年前から犯人のマーク・チャップマンが出所するしないで騒ぎになっていましたが、その後どうなったんでしょうか。

ポップスターのイメージが強いポール・マッカートニーに対して、ジョンはいつもメッセージ性を強調されるようなところがあります。 やんちゃな甘えん坊のジョンはボーカルやソングライティングの才能とセットで問題発言が多く、オノ・ヨーコと出会ってからは本人は幸せそうだったけどベッド・インなんて目を覆いたくなるようなことまでやりだして、ファンとしてはもっと音楽に集中して欲しいなという思いがありました。

「マインド・ゲームス」はヨーコの横顔が不気味に横たわるアルバムのタイトル曲ですが、この頃ジョンはちょっと彼女と距離を置こうとしていたらしいです。 過干渉に嫌気がさしてたのか、それにしてもいい大人ですからねえ。 ジョンには珍しくゴージャスな印象を与えるこの曲、気持ちがヨーコからもっと広い世界に向いていたのかもしれません。


マインド・ゲームス ジョン・レノンマインド・ゲームス ジョン・レノン
それにしても強烈なビジュアルのジャケット。 今も絶大な人気を誇るジョンの名曲「マインド・ゲームス」をタイトルに。 夢の中にもヨーコが出てくるってこと?

「70年代思い出の名曲」でおすすめしたアルバム Vol.3

「哀しみの恋人達」 ジェフ・ベック 1975年

2007-12-12

一時は三大ギタリストとか言われてましたが、エリック・クラプトン、ジミー・ペイジ、ジェフ・ベックそれぞれに個性も違うので誰が一番うまいのかという議論はナンセンスなのかもしれません。 端正で分かり易いクラプトン、リフの天才兼バンドの名プロデューサーでもあるペイジ、そして孤高の天才ジェフ・ベックというところでしょうか。

じゃあジミ・ヘンドリックスはどうなんだとか、リッチー・ブラックモアは?とか言い出したらもうキリがないので今回はジェフ・ベックです。 ギターとボーカルがロックの華であるのは今も昔も変わらないでしょう。 でもボーカルなしのインストゥルメンタル・アルバムで初めて凄いと思ったのがプロも認める名手ジェフ・ベックでした。

中でも名盤「ブロウ・バイ・ブロウ」に収録された名曲中の名曲、「哀しみの恋人達」はタイトルにふさわしいギターのトーンに痺れます。 いったいどうやったらあんな音が出るのか、スローなナンバーでこそ天才の天才たる所以が分かるような気がする。 ジェフ・ベック・グループに始まってBBA、そして「ワイアード」から現在に至るまでこの人は好きなようにギターを弾きまくって本当にかっこいいなあ。


ブロウ・バイ・ブロウ ジェフ・ベックブロウ・バイ・ブロウ ジェフ・ベック
表現力豊かとかいう次元で語れないところまで到達してしまったジェフ・ベックのテクニック。 「哀しみの恋人達」で完全にノックアウト。 ジャケットもインパクトがありますね。

「70年代思い出の名曲」でおすすめしたアルバム Vol.3

「いつか街で会ったなら」 中村雅俊 1975年

2007-12-08

当時僕たちの間で絶大な人気を誇った今は亡きカリスマ松田優作と永遠の青春スター中村雅俊の共演が話題になった刑事ドラマ「俺たちの勲章」は、期待通りの面白さでした。 タフでクールな武闘派刑事を演じた松田と優しくて人の良い後輩刑事を演じた中村、どちらもよかったですねえ。

性格の違うコンビを描いた刑事物はアメリカの映画やTVドラマでもよくありますが、最近のドラマでは考えられないくらいすぐ銃を抜いて撃ったりするところがいかにも70年代。 事実は定かではありませんがゲストとして出演した女優五十嵐淳子をふたりが取り合って中村雅俊の勝ち、というドラマもあって、現在中村と五十嵐はおしどり夫婦としても有名です。

劇中の挿入歌「いつか街で会ったなら」は当時絶好調だった吉田拓郎の曲を中村雅俊がどこか郷愁を誘う声で歌い上げた名曲ですが、名ドラマには名曲がつきもの。 松田が出演した「太陽にほえろ!」や最高傑作「探偵物語」、萩原健一と水谷豊の「傷だらけの天使」など今も思い出す素晴らしいドラマばかりで、つくづく最近のドラマはつまらんと思います。 これは自分が年を取ったからという理由だけではないと思うけどなあ。


俺たちのメロディー俺たちのメロディー
見よ、この勇姿! いまだにこの男を越えるインパクトのある俳優は出てこない。 息子達二人も人気は出てきましたがまだまだです。

「70年代思い出の名曲」でおすすめしたアルバム Vol.3

「ラブ・ミー」 プリズム 1977年

2007-12-04

Tag : プリズム

70年代の後半から80年代の前半にかけてフュージョンと呼ばれるジャンルの音楽が流行りました。 日本ではカシオペアやスクェアが代表的なバンドですが、どのバンドも腕利きのメンバーを集めてクールな演奏を聴かせてくれましたね。 ボーカルが入ってないのも特徴で、あくまでテクニックを全面に押し出してました。

まあプロなんだから演奏上手いのは当たり前で、小手先のテクニックだけではないエモーショナルな演奏でなきゃファンは納得いかない訳で、その点「ギター殺人者の凱旋」「ワイアード」と2作連続でひっくり返るくらいかっこいいプレイを見せた先駆者ジェフ・ベックはさすが。 それじゃ我が日本はと言うと、70年代に登場したプリズムが圧倒的にかっこよかったんです。

デビューアルバムに収録された「ラブ・ミー」は、誰か知らないけど女性のセクシーなボーカルに和田アキラのソロが絶妙に絡んで素敵な名曲です。 伝説のバンド四人囃子で活躍した森園勝敏とのツインギターが売り物のプリズムはロックなテイストもあって、当時は非常に垢抜けたイメージがありました。 「ラブ・ミー」は日本のフュージョンの先駆けとなったバンドの名盤の中で、上手くボーカルを取り入れたこともあって今でも強く印象に残っています。 聴いたことない、という方には是非おすすめしたい名曲ですね。


PRISM プリズムPRISM プリズム
「ラブ・ミー」のギターに痺れたのがもう30年前のこと。 今聴いても和田・森園両巨頭のギターは素晴らしくて、かっこよさにやっぱり痺れます。

「70年代思い出の名曲」でおすすめしたアルバム Vol.3

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Author:music70s
1957年生まれ。
福岡県在住です。

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