「傷だらけの天使」 井上堯之・大野克夫 1974年

2009-07-28

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僕が小学生の頃、GSで人気があったのは女子にはジュリー、男子にはショーケンだったように思います。 アイドルの要素たっぷりだった沢田研二に対して萩原健一はちょっと男っぽいイメージもありましたが、「ショーケンはミミズを見ると"キャ~、メメズ~!"と叫んで逃げる」と言った友人がいました。 真偽のほどは定かではありませんが、小学生の日常会話に出てくるくらい彼らは人気があったということです。

70年代に入ってふたりはPYGというバンドに参加しましたが、これは両雄並び立たずですぐに解散してしまいました。 さらに彼らは俳優業にも進出して、これがまあどちらも素晴らしく個性的でインパクトがありましたが、一歩先に俳優としてスタートを切ったショーケン主演の「傷だらけの天使」は74年から75年にかけて放送されたドラマで、元ザ・スパイダースのふたりが担当したテーマ曲が流れるオープニングだけでもう僕たちを惹きつけました。

怪しげな探偵社で働く萩原健一と水谷豊のふたりは、サラリーマンなど勤まりそうにない軽薄でチンピラな雰囲気が最高でした。 制作陣も脚本は「ウルトラセブン」の市川森一や「俺たちの旅」の鎌田敏夫、監督は「仁義なき戦い」の深作欣二や「必殺シリーズ」の工藤栄一など有名どころがズラリと並んで壮観です。 まあ当時は誰が作っているかなんて気にしていなかったんですが。

軽快なオープニングテーマを手がけた井上堯之と大野克夫は「太陽にほえろ!」のテーマも担当してこのドラマも大ヒットしましたが("マカロニ"萩原健一から"ジーパン"松田優作へと続いていく頃が最高でした)、グループサウンズで活躍した人たちって才能豊かであちこちに顔を出してますね。


傷だらけの天使傷だらけの天使
主演のショーケン始め水谷豊・岸田今日子・岸田森などの個性的な役者たち、ドラマを作るスタッフもバラエティー豊かで豪華でした。 最近のテレビドラマはどうもお手軽で興味が湧きません。

「70年代思い出の名曲」でおすすめしたアルバム Vol.5

「カリフォルニア・シャワー」 渡辺貞夫 1978年

2009-07-21

Tag : 渡辺貞夫

世の中には人を幸せな気持ちにする素敵な笑顔の持ち主がいて、渡辺貞夫も確実にそのひとりだと思います。 学生時代は主にロックばかり聴いていてジャズの事はさっぱりだったんですが、当時はクロスオーバーやフュージョンと呼ばれるジャンルの音楽も流行っていて、スタッフや渡辺貞夫のアルバムなどを持っている奴はちょっと大人な雰囲気でした。

"ナベサダ"はテレビのCMで目にして知ってはいたんですが、彼の吹くサックスはあの笑顔と同じく明るくて、78年にヒットした「カリフォルニア・シャワー」は、まさに温暖なカリフォルニアを思わせる雰囲気で気持ちのいい曲でした。 僕の住んでいる関西地方はまだ梅雨が明けないんですけれど、ジメジメしたうっとうしい季節にこそこういう音楽っていいですね。

彼についてはあいにくほとんど知識がなくて、もちろんゴリゴリのジャズもやるんだろうけど、僕にとってはやっぱりいつもニコニコしてて気持ちのいいサックスを吹くプレイヤーです。 社会人になって東京にいた頃、新宿ピット・インに確か伊藤君子を見に行ったら、バンドの最前列にいたサックスのオヤジがステージに登場した彼女に向かって「楽譜!」と怒鳴ったのにはびっくりしました。 ギョーカイって厳しいんだなと思うと同時に、なんだエラソーに。とも思いました。

たぶん渡辺貞夫はあんな態度は取らないと思うんだけど、彼がCMに起用されたのは温厚な人柄とあの笑顔、そして誰にも親しみやすいメロディーを生み出す才能があったからだと思います。 私事で恐縮ですが、僕が生まれたときは父方・母方の祖父共に他界していたもので、ナベサダみたいなおじいちゃんがいたら楽しかっただろうなあなんて、勝手に想像しています。


カリフォルニア・シャワー カリフォルニア・シャワー
歌心のあるメロディーが温厚そうな人柄とマッチしているように思えて親近感がわきましたね。 デイヴ・グルーシン、リー・リトナー、ハーヴィー・メイスンら強力なメンバーとロスで録音。

「70年代思い出の名曲」でおすすめしたアルバム Vol.5

「能古島の片想い」 井上陽水 1972年

2009-07-14

能古島は博多湾にぽっかり浮かぶ周囲12Kmほどの小さな島で、菜の花やコスモスの名所として知られています。 姪浜というところから福岡市営渡船ですぐに渡れるんですが、僕は20年以上福岡に住んでいながら一度も訪れることなく現在住んでいる関西地方へ引っ越してしまいました。

なぜ今回能古島かというと井上陽水に「能古島の片想い」という名曲があるからで、前回の「伽草子」を書いているときにふとこの歌が心に浮かんできました。 陽水は拓郎に続いてフォーク界のスーパースターとなりましたが、ふたりに共通しているのは従来のフォークソングの枠に収まりきれない多彩な曲を発表したところで、最も違うのはそのボーカルスタイルです。

井上陽水の声はまさに天賦の才能と言うべきもので、あんな声で歌えたらいいなあと思いつつ高校時代に友人の友人から教えてもらった「能古島の片想い」を歌ってみたら、 ♪ 僕の声が~ というサビの部分の音が自分には高すぎてあっさり挫折した苦い経験があります。 それでも切ない片想いを歌ったこの曲はイントロのギターの ♪ ジャッジャ~ンというところが素敵で、友人の友人が得意そうに弾いていたギターが印象に残っています。

ところで福岡市の繁華街、天神には照和という伝説のライブ喫茶があって、70年代に出演したミュージシャンには陽水はじめチューリップや甲斐バンド、海援隊に長渕剛などそうそうたる顔ぶれが揃っています。 ただ、なんといっても音楽産業の中心は東京で、みな福岡を旅立ってしまったのが嬉しいようなちょっと悲しいような。

残念ながらライブを観たことはないんですが昼間に軽い食事をしたことはあって、テーブルにはきちんとテーブルクロスのかかった昔ながらのレストランといった雰囲気です。 記念にオリジナルのマッチを持って帰りましたが、熱気に溢れていた時代に一度ライブを観たかったですね。


陽水II センチメンタル陽水II センチメンタル
このジャケットは悲しいのか淋しいのか乾いているのかユーモラスなのか。 シュールですねえ。 インパクト満点で思わず生ギターをかき鳴らしたくなる名曲「東へ西へ」も収録されてます。

「70年代思い出の名曲」でおすすめしたアルバム Vol.5

「伽草子」 よしだたくろう 1973年

2009-07-08

ゴールデンウィークに忌野清志郎が亡くなってしまって、そう言えば拓郎は大丈夫か?と心配していたら、先月から元気に全国ツアーをスタートしてました。 余計な心配で、どうもすみません。 ただし今回が最後の全国ツアーなのだそうで、もういい加減ゆっくりしたいんでしょうね。 60年代の終わりにキャリアをスタートして、はるばる40年も頑張ってきたわけですから。

「伽草子」は大ヒットした名盤「元気です」に次いで発売されたアルバムのタイトル曲で、歌詞もメロディーも優しい大好きな曲です。 この曲はサビの部分もいいけれど、特に ♪ ドンチャン騒いでた街が~ のメロディー、ここが絶妙だなと思います。 ちょっとクセのあるいわゆる"拓郎節"とは種類が違うかもしれませんが、さすがは拓郎、いい歌作りますね。

美しい声と切ないメロディーの陽水、優しいかぐや姫やラフな泉谷、同じ時代に親しんだフォークの歌手はたくさんいるんですが、あらためて聴いてみるといちばん心の琴線に触れるというか、胸に染みこんでくるのは僕の場合やっぱり吉田拓郎だなと思います。 あの時代の雰囲気を最も身に纏っていたと言うか、常に先頭を走っていた彼が時代を作ったと言うか。

その拓郎もいろいろあってもう63才、最近のインタビューで「50代を迎えたときはすごく悩んだけど、60代はスッキリしている」(WEB GOETHE)と語っていました。 若い頃はとんがってたけど、大人になりましたねえ。 80年代以降の彼を聴かなくなってしまったのは以前の記事に書きましたが、新しいアルバムにはちょっと興味があります。

※追記 拓郎が体調不良のため、7月8日の大阪公演を中止したそうです。 う~ん、大丈夫か?。


伽草子伽草子 よしだたくろう
激しい「からっ風のブルース」からガラリと雰囲気を変えて「伽草子」へ。 ♪ 髪とヒゲをのばして~ で始まる「ビートルズが教えてくれた」もいい曲です。 しかしジャケット写真のたくろうスマートですねえ。

「70年代思い出の名曲」でおすすめしたアルバム Vol.5

「美しき人生」 ジョージ・ハリスン 1970年

2009-07-02

今年の9月9日にザ・ビートルズの全オリジナル・アルバムのリマスター盤が発売されます。 原音を忠実に再現しているのか或いは最新技術による新たな発見があるのか、どちらにせよまたどえらい枚数が世界中で売れるんでしょうね。 バンドを引っ張ったふたりのうちジョンが衝撃の死を遂げ、さらにジョージも病気で亡くなって、残るはポールとリンゴのふたりだけとなってしまいましたが、彼らの音楽は世紀を超えて生き続けています。

僕は音楽的な好みから言うとポールの曲が好きなんですが、「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」のシングルを買ってからはジョージにも関心を持つようになりました。 おとなしくていい人そうだし。 ビートルズ時代のジョージは強烈な個性を持ったジョンや、何でもできるポールに対してどんな思いを持っていたんでしょうね。 若い頃の彼はギターを弾きながらリズムを取る姿もなんとなくぎごちなくて、不器用そうなイメージがありました。

その彼も「サムシング」「ヒア・カムズ・ザ・サン」と解散間際になって名曲を連発して、存在感を示してくれました。 以前取り上げた「マイ・スイート・ロード」もそうですが、リラックスした感じの曲でこそ本領を発揮すると言いますか。 これらの曲には重しが取れたような、「ホワイル~」とはまた違う魅力を感じました。 で、この曲もそうなんですが「美しき人生」。 このはじけたような明るい曲を聴くと、ゲットバック・セッションあたりの暗い時期を乗り越えて、ジョージも元気になったなあと嬉しくなります。

初のソロ・アルバムが3枚組の大作だとはファンも予想外だったと思いますが、「オール・シングス・マスト・パス」でジョージはどうだ!とレノン=マッカートニーを見返したい気持ちもあったんじゃないでしょうか。 おそらくはそんな思いも詰まったこのアルバムは、彼のソロ・キャリアの代表作となりました。 自信というのは外見にも表れてくるもので、メンバーの中で年を重ねるにつれもっとも大人の男の顔へと変貌していったのはジョージだと思います。  じゃあ振り返って自分はどうかっていうと・・・単に老けただけだったりして。


オール・シングス・マスト・パスオール・シングス・マスト・パス
たまりにたまりにたまった鬱憤(?)と才能を解放した、発売当時3枚組の大作にして名作。 ヒットした「マイ・スイート・ロード」や「イフ・ノット・フォー・ユー」など、名曲がたくさん詰まってます。

「70年代思い出の名曲」でおすすめしたアルバム Vol.5

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Author:music70s
1957年生まれ。
福岡県在住です。

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