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「空に太陽がある限り」 にしきのあきら 1971年

2010-08-19

Tag : にしきのあきら

今年の短い夏休みは帰省と、墓参りのハシゴに費やして終わってしまいました 。 ギンギンギラギラ輝く太陽のもと、墓参りで日焼けしながら頭に浮かんだ曲がにしきのあきら(現・錦野旦)の「空に太陽がある限り」でした。 もう一曲エンゲルベルト・フンパーディンクの「太陽は燃えている」もチラついたけど、今回はお盆=ニッポン=歌謡曲という強引なつながりで、にしきのあきらです。

ロマンチックな「もう恋なのか」でデビューして、翌年の「空に太陽がある限り」が大ヒットしてスター歌手の仲間入り、スター運動会や水泳大会で見せる抜群の運動神経にキリッとした男前フェイスですから、これは女性がキャーキャー言うのも無理はありません。 前記の2曲とも懐かしい「ハマクラ天皇」こと浜口庫之助の作詞作曲で、この人ハイカラなイメージがありました。 

その浜口庫之助に見出されてデビューしたにしきのあきらが一時の低迷期を経て"スターにしきの"として見事復活を果たしたのがもうだいぶ前のことです。 面白半分にイジられてもナチュラルな反応で人柄の良さ?を見せつついつも真面目で一生懸命な彼には、あの身体能力と共に常人では計り得ない器の大きさがあるようです。

いかにも、という感じのイントロに始まって、女性コーラスとの掛け合いで歌う「空に太陽がある限り」は、あのテンポが彼の歌い方にも合っているんだと思います。 フルオケをバックに余裕のある歌唱を聴かせるのが昔の歌謡曲の良いところだったし、大柄で脚の長い"スター"には広いステージがよく似合ってました。

続々とスターが生まれた昭和歌謡の世界において、最近のヒット曲こそないものの今も活躍する彼はまことに得難い人材のひとりだと思ってます。


錦野 旦(にしきのあきら) ゴールデン☆ベスト錦野 旦(にしきのあきら) ゴールデン☆ベスト
いやあ、かっこいいですねー。 これぞ昭和の男前。 まさにスターになる為に生まれてきたような。 この外見で歌が歌えたら、当然歌手を目指すだろうと思います。

「70年代思い出の名曲」でおすすめしたアルバム Vol.5
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「カリフォルニアの青い空」 アルバート・ハモンド 1972年

2010-08-11

僕たちの年代にはアメリカ西海岸と言えば憧れの地でもあったんですが、タイトルから想像するような内容とは違って、カリフォルニアでの成功を夢見た若者の挫折を歌った曲がアルバート・ハモンドの「カリフォルニアの青い空」です。

西へと向かうB747に乗って海を渡って来たのはいいけれど仕事はないしもう帰りたい。 南カリフォルニアに雨なんて降らないと思ってたけど、これじゃまるで土砂降りだ・・・。 と歌ってるんですが、そう言えば心が軽くなるようなイントロと小気味のいいブレイクから始まるこの曲、なんとなく切ない雰囲気が漂っているのはこの内容のせいなんでしょう。

彼のウェブサイトを見ると曲が書かれたのはロサンゼルスに来る前、ロンドンにいた頃だそうで、西海岸に行けば成功が掴める、と夢見てたんでしょうか。 しかもスペインで文無しになっていた時にたまたま新婚旅行に来ていた従兄弟に出会って金を無心して、この事は親父には黙っていてくれと頼んだというエピソードが紹介されています。

なんとも情けない話ですが、成功したからこそ話せる若い頃の貧乏話ですね。 カリフォルニアを舞台にしたヒット曲には「カリフォルニア・ドリーミン」や「ホテル・カリフォルニア」など切ないナンバーが多くて、夢と絶望・成功と挫折はいつも背中合わせ、あの青い空の下でため息をついた若者は数限りなくいるんでしょうね。

一度だけ行ったことのあるカリフォルニアは冬だったもので寒かったけど、ヴェニスビーチは綺麗で雰囲気のいい所でした。 ロサンゼルスで見たショットガンを運転席と助手席の間に立てかけたパトカーや、黒人がたむろするスラムにはおお、と思いましたが、いつか機会があったらもう一度行ってみたいと思ってます。


アルバート・ハモンドアルバート・ハモンド
切ない It Never Rains In Southern California 「カリフォルニアの青い空」始め 、For The Peace Of All Mankind 「落ち葉のコンチェルト(日本限定のヒット曲だそうです。)」など収録のベスト。

「70年代思い出の名曲」でおすすめしたアルバム Vol.5

「夏にご用心」 桜田淳子 1976年

2010-08-04

Tag : 桜田淳子

森昌子・山口百恵と同じく新人歌手を発掘するオーディション番組「スター誕生」から生まれた桜田淳子は、70年代にヒット曲を連発して活躍したけれど、その後ある宗教団体に入信していた事が知られるようになってだんだんとマスコミからは遠ざかるようになってしまいました。

何を信じ、何を心の拠り所にするかは本人の自由ですから周りがどうこう言うのはまあ、余計なお世話なんでしょう。 僕にとって彼女がバリバリの現役アイドルだった頃は「♪ クッククック~」のイメージが強すぎてどうも今ひとつ好みではなかったんですが、あらためてヒット曲の数々を聴いてみるとなかなかいい曲が多いですね。

その中から今回は軽快なメロディが心地良い「夏にご用心」です。 作詞は「スター誕生」という番組の生みの親でもある阿久悠、作曲は森田公一のコンビで、若者なら誰もが気持ちが浮ついてしまう季節を舞台に、ちょっと小悪魔的な女の子の気持ちを歌った曲です。

子供番組の歌のお姉さんみたいな帽子がトレードマークになっていた彼女ですが、この曲を歌っていた頃はデビューから3年、ピチピチの18歳で一番輝いていた時期かもしれません。 いや、「ピチピチ」という表現が出てくる事自体我ながらオヤジだなと思いますが、誰にも人生の中で輝きを放っていた季節があると思いませんか?

浮き沈みの激しい芸能界、「花の中三トリオ」の3人娘も大人になってそれぞれの人生を歩んでいますが、いい人生だったかどうかを決めるのは自分自身なので、これも周りがどうこう言うことではないんでしょうね。 ところでこの暑さのせいか、街なかや電車の中などででちょっとおかしくなった人をよく見かけるので、下品な年の取り方だけはしないように用心したいと思います。


桜田淳子BOX ~そよ風の天使~ アンコールプレス盤桜田淳子BOX ~そよ風の天使~ アンコールプレス盤
"花の中三トリオ"のうち早くから伝説と化した山口百恵や、今も現役で歌う森昌子と比べて忘れられた感のある桜田淳子ですが、ほんとにいい曲がたくさんありましたね。

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Author:music70s
1957年生まれ。
福岡県在住です。

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