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「ベルベット・イースター」 荒井由実 1973年

2014-10-31

Tag : 荒井由実

ピアノのイントロとサビの部分の ♪空がとっても低い... というメロディー。 これだけでもリスナーを惹きつける魅力があるのですが、全体に漂うなんとも言えない雰囲気を持った曲が荒井由実の名盤『ひこうき雲』に収められた「ベルベット・イースター」です。

詩を読んでみると窓から外を眺めている少女の想いがそのまま曲になったような感じですが、何気ない風景をこういう曲にできるのがユーミンの才能ですね。 フォークソングや歌謡曲が全盛だった日本のミュージック・シーンにいきなりこういう感性と才能を持った人が現れたわけですから、それは衝撃的な出来事だったでしょう。

一番驚いたのは、音楽業界にいた人達だったんじゃないかと今でも思いますし、バックに一流のミュージシャンが揃ったのも頷けます。 その中のひとりが数年後に結婚する事になる松任谷正隆だったのは有名なお話ですが、ここからユーミンの今に至る歩みが始まります。


「ベルベット・イースター」 荒井由実「ひこうき雲」 荒井由実
天才荒井由実を世に知らしめたファースト・アルバム。 永遠の名曲となったタイトルナンバーの他にも、今回取り上げた「ベルベット・イースター」や「雨の街を」など後世に残る名曲が生まれました。

「70年代思い出の名曲」でおすすめしたアルバム Vol.6
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サンタナ、アメリカ国歌を演奏。

2014-10-26

Tag : サンタナ

プロ野球のシーズンは日米ともにクライマックスを迎えていますが、サンフランシスコ・ジャイアンツの本拠地AT&Tパークで開催された大リーグのワールドシリーズ第4戦で、あのカルロス・サンタナがアメリカ国歌を演奏しました。

キーボードの息子を従え、ジャイアンツカラーのオレンジのPRSを弾くサンタナをここで見ることができるとは思いませんでしたが、なかなか粋なサプライスだなと思います。 ほんの短い時間であってもベテラン・プレイヤーを見る機会があるのは嬉しいものですね。 元ジャーニーのスティーヴ・ペリーも(ちゃんと試合を見に来てます。)ジャイアンツのファンで、チームが負けている時は「ドント・ストップ・ビリーヴィン」が球場に流れるのだそうです。

個性的な選手たちが個性的なボール・パークで、お祭り好きなアメリカ人の賑やかな応援を受けて戦うのを見るのは楽しくて、日本シリーズとはまったく雰囲気が違いますね。 日本ではセ・パで応援している両チームの対戦でこれもまた楽しみですが、タイガースは和田監督続投、ホークスの次期監督に工藤公康って大丈夫なんでしょうか?

ちなみにワールドシリーズ解説の田口壮の奥さんは元アナウンサーの香川恵美子で、彼女がいた頃のNEWS23が当時の報道番組の中では一番面白かったです。 もうひとりの解説者武田一浩は契約更改が上手く行かなかった後の記者会見の席でセカンドバッグを思い切りテーブルに叩き付けるという暴挙に出たことがありますが、今では大リーグを楽しみながら解説しているのが伝わってきます。

音楽の話だか野球の話だか分からなくなってきましたが、学生時代にサンタナのライブを見に行った時に彼のお父さんも一緒にプレイしていたので、サンタナ家を親子3代に渡って見ることができたというのが今回の締めで、色々な思い出が一気につながったというお話でした。  


カルロス・サンタナ

ド派手な衣装とギターが似合うサンタナと、一気に盛り上がる球場。



※エアロスミスのジョー・ペリーとジャーニーのスティーヴ・ペリーを間違えているのに気が付いて訂正しました。 ひょっとして僕も若年性のあれか?

番外編20. 団地の思い出

2014-10-15

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僕は幼稚園の途中から小学校卒業まで公団住宅、いわゆる団地に住んでいました。 5階建ての4階(当然エレベーターなどありません。)2DKの狭い間取りでしたが、日当たりが良くて明るかったのは覚えています。

団地の中には幾つかの公園と野球もできる小さなグラウンド、おまけに手押し式のポンプ井戸や焼却炉まであったので、けっこう緑も多いし遊び場には困りませんでしたね。 敷地内の道路には車がスピードを出し過ぎないように土手の様に盛り上がった部分が何箇所も設けてあったので、道路まで遊び場になってました。

高度成長期でもあった昭和30年代から40年代にかけて日本中のあちこちに建設された団地は、画一的ではあったけども明るい未来が見えていた頃の日本の象徴でもあったんでしょう。 僕の住んでいたところも未来的とまでは言いませんが、近代的ではあったような気がします。

トイレは当時はまだ少なかった洋式の水洗で、よく家に遊びに来ていた友人は使い方が分からなくて、便器の上に後ろ向きにしゃがんで用を足していたと大人になってから告白されました(笑)。 なにより楽しかったのは同じ年頃の子ども達がたくさんいた事で、団地の近くに住んでいた友人にとっても団地は部屋の中も外も楽しい場所だったようです。



誰もいない公園と閉鎖されたグラウンド、静かな団地。


団地の子どもたち 今蘇る、昭和30・40年代の記憶団地の子どもたち 今蘇る、昭和30・40年代の記憶
タイトルの子どもたちとはまさに僕達の事で、団地には色々な思い出が詰まっています。 著者は当時を知らない若い方ですが、何かしら感じるものがあったんでしょうか。



※閉鎖した別ブログより転載しました。

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1957年生まれ。
福岡県在住です。

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