「せんこう花火」 よしだたくろう 1972年

2008-07-27

真夏の夜空に華麗な大輪の花を咲かせる花火大会の季節がやってまいりましたが、熱帯夜に打ち上げ花火を乱射して近隣住民の皆さんに迷惑をかける輩もいて、これはもう風情もへったくれもありません。 夏の風物詩に欠かせない花火にもいろいろあって、一番日本人の心情にぴったりくるのはチリチリと小さな火花を飛ばした挙句、ポテッと赤い玉が落ちておしまいの線香花火じゃないでしょうか。 儚く散ってしまう春の桜と同じで、なんだか切なくなるところが共通してます。

ここ何年か体調不良で、復活したかと思ったらまた休んだりでファンに心配をかけている吉田拓郎は、72年に傑作「元気です。」を発表してその人気を不動のものにしました。 初期のビートルズみたいにほぼ全曲シングルカットOKと言いたくなる名曲テンコ盛りのアルバムの中に、この季節になると聴きたくなる「せんこう花火」も収められています。 ほんものの線香花火と同じく短い曲ですが、若い時にありがちな孤独な心情を歌ってなんだかふっと立ち止まりたくなるような、そんな歌ですね。

学生の頃はあんなに好きだった拓郎を社会人になってからピタッと聴かなくなってしまったのは、彼がつまらなくなったからではなくて、はっきりと時代が変わってきたからだと今は思います。 早口で字余りの語りかけるような拓郎の歌は、ノリが良くて軽薄な80年代には如何にも不似合いでした。 ステージでの巧みなMCや深夜ラジオでのDJなど喋るミュージシャンであること、ミュージシャンが他のミュージシャンをプロデュースすること、ミュージシャンが自らのレコード会社を立ち上げたこと、大規模な野外コンサートを開催したことなど、吉田拓郎は70年代にこそ輝いていた男だと思います。

素朴で熱かった70年代にしか生きることができなかったのか、本人にそんなこと言ったらきっと怒るでしょうが、生ギターとハーモニカだけであれだけ多くの若者の心を揺さぶることができたのはあの時代だったからこそ出来たことだと思います。 このブログを始めたのも2006年のつま恋コンサートがきっかけでしたが、第1回で「人間なんて」を取り上げて以来ひさびさに吉田拓郎の曲について書きました。 ちなみに僕はどちらも大好きなんですが陽水か拓郎かといえばたくろう派、ジョンかポールかといえばポール派です。


元気です。 よしだたくろう元気です。 よしだたくろう
「春だったね」から「夏休み」「旅の宿」「祭りのあと」へとアルバムの中を季節が駆け抜けてゆきます。 よしだたくろうの絶頂期、名曲満載の名盤です。 70年代は彼がもっとも生き生きしていた時代でしたね。

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Author:music70s
1957年生まれ。
福岡県在住です。

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