「移民の歌」 レッド・ツェッペリン 1970年

2009-06-25

三沢光晴が亡くなってからもう2週間、ほんとにプロレスラーって命がけの仕事ですよね。 大流血で顔面真っ赤っかになってもK1みたいに簡単にレフェリー・ストップがかかることはなく、彼らは危険な技を掛けるためというよりは、受けるために肉体を鍛えているんじゃないかと思えます。 僕が初めてテレビでプロレスを見たのはまだ白黒の時代(!)で、グレート草津やサンダー杉山が活躍していた頃です。 知らない方も多いかと思いますが。

それから時は流れて70年代後半、後にタッグを組むスタン・ハンセンと同じくアメフト出身の超獣ブルーザー・ブロディは、登場するだけで会場が盛り上がる人気プロレスラーでした。 その彼が入場する際にテーマ曲として流れていたのがレッド・ツェッペリンの"Immigrant Song"、「移民の歌」です。 ショウマン・シップがものを言うプロレスには、ハードロックがよく似合いますね。

僕はリアルタイムでツェッペリンのサード・アルバムを聴いたわけではなくて、「移民の歌」のロバート・プラントの強烈な雄叫びと、ジミー・ペイジの印象的と言うよりハートに刺さるリフを耳にしたのはリリースからかなり時間が経ってからのことです。 ロック好きならあのイントロに血が騒がぬはずはなくて、発売当時にレコードに針を落としたファーストからのファンの皆さんは、やっぱりツェッペリンだ!と狂喜したことだろうと思います。

それがA面からB面へと進むにつれて予想外のアコースティック・ナンバーが次々出現して、「・・・?」となってしまった気持ちもよく分かります。 やっぱりツェッペリンといえばジミー・ペイジの生み出すリフがまず頭に浮かびますから。 その中でも「移民の歌」のリフは「胸いっぱいの愛を」に並ぶ衝撃度で、ベストアルバム「マザー・シップ」のかっこいいプロモーション・ビデオの冒頭を飾ったのもこの曲です。

でもあのボーカルは全盛期のロバート・プラントだけに可能だったようで、彼が喉を痛めて以降はライブで歌わなくなったんだとか。 話題を呼んだ2007年の一夜限りの再結成コンサートでも、セットリストには入っていませんでした。 キーを下げて歌えばいいってものじゃないんでしょうね。 もし誰かがカバーするならば、僕はスコーピオンズのクラウス・マイネはどうかなと思うんですが、如何でしょう?


レッド・ツェッペリン IIIレッド・ツェッペリン Ⅲ
衝撃のI・IIと同じ路線を期待したファンの間に賛否両論を巻き起こしたサード・アルバム。 それでも「移民の歌」はレコードのA面1曲目を飾るに相応しいインパクトのあるナンバーで、さすがはツェッペリンです。

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Author:music70s
1957年生まれ。
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